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アフリカ・リミックス:多様化するアフリカの現代美術
松原 慈
1年以上前、ロンドンのヘイワードギャラリーで開催されていた、アフリカ・リミックス展が、東京へ巡回してきた。昨年のロンドンでは、関連の音楽イベントも多数企画されて、ロンドン中がアフリカの年だった。 この展覧会は、デュッセルドルフに始まり、ロンドン、パリ、そして東京、このあとはストックホルムへと続く。巡回展でありながら、構成やキャプションからも、規模が増幅しているように感じる東京展では、共同企画として初期からキュレーションに関わっていた森美術館のアプローチも徹底している。今回は、各作家が特に自分の気に入っている作品を展示したので作家たちがハッピーだ、という噂も聞いた。
とにかく、初めてみた時から大好きな展覧会。東京でもそのパワーを失わないままにみることができて、すごくうれしい。というのが東京展への一番の感想だった。ただ、ドイツ、イギリス、フランスといった西欧諸国とアフリカの関係に比べて、日本とアフリカの関係は、比べ物にならないほど希薄なので、展覧会自体や作品の数々に込められたアイロニーやコンテクストは、ときどき抜け落ちてしまうかもしれないけれど。
アフリカには、政治の問題があり、環境の問題があり、戦争がある。 アフリカという言葉は、多くの耳にロマンチシズムをもって届く。ヨーロッパや北米や日本といった先進諸国のルーツがきわめて淡白でつまらなく聞こえる今日この頃、アフリカの背後に構えているものが、よほど語るに値する、ドラマチックで強いルーツのように見えるからだ。ゾウやキリンやライオンもいますし! 異質なもの、エキゾチック、ロマンチックなものへの憧れとして、東洋はとっくの昔に、すでにブラジルに代表されるような南米の面白さまで消費し終わった感じもするヨーロッパで、次のターゲットとしてのアフリカである。 さてけれど、この段階を過ぎた後、すべてのエキゾチズム、ロマンチシズムがテーブルの上に出そろった後に(ジャポニズム、チャイニズム、アラビアニズム、ブラジリズム、アフリカニズムと、あれこれすでに出そろったわけだけれど、その後に)、次のシーンを引っ張っていく強いルーツがどう表現されるのかは興味深い。今回二世の世代が登場していたように、次の表現は、異質なものどうしの共存への、さらに具体的な一歩になるはずで、張りつめた期待感が頭をよぎった。それは、ルーツが淡白な人間にとっても、ものを作るのに、一番おもしろい時代になるという予感でもある。 初出:Tokyo Art Beat website, May 2006
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